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 台湾 高砂族の烏来の踊り子 日本アイヌの伝統舞踊を継承中
     烏来(うーらい)台北からバスで40分ほど南の山を登ると木柵という地域に着く
     道教の本山である「指南宮」もあり景観のきわめて良好な霊山に囲まれたところ。
     しかし、なぜ、ここまで日本本土を追われたアイヌ民族が暮さねばならぬのか!
     この烏来の一族の伝統を調べると、まさにアイヌ文化であった。竹で作った楽器
     ムックリや彼女たちの祖母の代まで続いていた既婚者の唇周辺の刺青など、
     衣装や様々の生活道具など日本民族に再度問い掛けるメッセージがある。
     撮影 陳 希夷  カメラ ゼンザブロニカ 6×6 リバーサル


      秦始皇帝は、六国を平定しそれらの王たちを粛清した、しかし魏国の女王や官女
      などは金印を与えられ「東夷」(倭国)の女王として任命されたようである。
      山梨のお花畑という場所から「金印」が発見されたのだ。土橋寿教授から資料を
      いただいて驚いたのである。
      官女や姫や王子は成長すればかならず親の仇討ちをするため、国外に追放したの
     であるが、子孫を残されてはあだ討ちの危険がある。役人と一緒に遠島にしたので
     ある。
      現代から2229年も前の物語である。その船団をひきいて童男500人童女500人を
      別々の船に乗せ、管理する番人の役人も乗せて第一陣は出航したのである。
     第二陣は本格的移民という大移動であった。他には機織やお茶の製法の技能士た
     ち、およそ3000名を運んだ のが「徐福」という人物だ。
      この記録は司馬遷の著作「史記・秦」の中に、蓬莱という国の「富士」に徐福は移住
      したことが明確に記載されている。富士とは富士吉田市である。調査すると、真実で
      あった。徐福村が山中湖畔に存在するではないか、さらに忍野八海の村にある神社
      には「福禄寿」三体を神として祭る道教の祭神が存在するのである。

     

      いきなり、富士に住んだのではない。子供たちを乗せた船は運悪く八丈島に大きく流されて
      しまった船団は、八丈島に本島と離れ島に男女を別々に漂着させた。八丈島には美女が多く
      歴史的に島の歴史として残っている。その後本土に渡った人々は「秦」(はた)と名乗って相模
      国秦野(はたの)を開墾したのである。
      当時はアイヌ狩猟民族も共に仲良く暮らしていたのであるが、1700年前に大磯の磯に高句麗
      からの侵略者が渡来してきた、武器を手に白装束で死を覚悟の肉弾戦つまり、力ずくでの侵略
      行為の歴史が領土争いの始まりであり、戦国時代の幕開けであった。
      高句麗族は曲刀という日本刀である。引いて切るという特徴がある。一方徐福たちの武器は直
      刀という刺して攻撃をする押すという動きである。日本の和包丁の四角いタイプは中国の料理
      包丁そのものである。刺身などの包丁は曲刀であるから混在してるといえよう。
      武力によって高句麗族は中国人農民を威圧して言語までも朝鮮化させようとしたのであります。
      昔から平和に暮らしていた民族は、奥地へと移住させられたのである。これが富士吉田にまで
      徐福一族が追われた理由である。美女は彼らに捕らえられ、強い男は戦い殺されていった、
      狩猟民族のアイヌは日本本土の中央部で北に逃げたもの、南に逃げたものがいたためである。
      それゆえに、北海道にアイヌはいるものと、勘違いしたのである。南に逃げたアイヌは沖縄の
      諸島に移住したり、台湾の高砂民族として今も血統は存続しているのである。

      高句麗(朝鮮民族)侵略と略奪によって、中国語の文化は朝鮮語に統一され時の権力者となっ
      たので日本語は朝鮮語の文法であって、中国の漢字を用いる所以である。
      奈良と言うのも朝鮮語では「国」という意味である。

      日本における国内の国取り戦というのは、中国系農民と、渡来した鉄器文化の高句麗との熾烈な
      領土争いであって、巻き込まれたのは土着のアイヌ人である。一番の被害者と言えるであろう。
      関東大震災でも朝鮮人が攻めてくるといった「デマ」が飛び交い虐殺された過去があるが、農民の
      侵略された過去の怨念がいまも残っているのだろう。

      政党が自民党という天皇側の権力者によって守られた形は、今回の選挙で破壊され、農民の一族
      中国から最初にわたってきた民族の羽田氏などの勢力争いがまだまだ続いているのである。

      つまり、天皇家は朝鮮民族であることは、もうすでに様々の研究で明らかにされているので、反論
      の余地は無いのである。ここで言いたいことは、歴史を正しく知ってほしいということである。
      近くて遠い国はいったい、なぜなのか? 中国や朝鮮半島は、日本の先祖ではないか。・・・・・・